三尺下がり師の影を踏まず

思えば、武における師には恵まれた人生である。
己の才の低さは言うに及ばず、不肖の弟子との自負ありきだが、
とにかく出会いには恵まれてきたと思える。

その中のおひとり、
青年期に教えを請うた師範。
残念ながら少し前に
鬼籍に移られた。

己が何者なのかも判らぬ、
社会に出て数年の、
コチコチで青臭い
ハッタリだらけの若造だった私に、
武の技とその理合いを通して、
処世の道を歩く杖を
授けていただいた。

短い期間の縁であったが、
師との出会いがもたらした知見は、
今につながる大きな支えだ。

正座して対面し、禅問答のように
ナイフの切っ先の受け方を
諭された時の驚きと感嘆は
いまだ鮮やかに心に残る。

一度だけ褒められたこともあった。
相手の振り下ろす剣に対し
入り身になりつつ
切り上げる剣の軌道を認めてくださった。
これもまた鮮やかに心に残る想い出だ。
ギロリと見つめる目の迫力、とても怖い師だったが、
嘘のない人であった。

そんな師の語る、
大人といわれるための
条件を八つ。
●相手の立場がわかるか?
●他人の負担になっている部分に敏感であるか?
●自前の判断が出来るか?
●ものごとの“ほど”がわかるか?
●自分の国を愛することができるか?
●弱者をいたわることができるか?
●結果に責任が負えるか?
●批判に関して寛容であるか?

改めて、
己に問うてみるが…、
ただ赤面するのみだ…。

GORO について

太極拳に惹かれ、早や四十年。踊りでもなく、組織の下請けでもなく、ただのあたりまえの太極拳を、日々稽古しております。スポーツもどきの普及に懸念をいだきます。本来は、華道や茶道という、自分にベクトルが向かう種類の文化と思います。賛同者は非常に少ないのがさみしい(笑)
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